遺言執行者という役割があると聞きました。必ず選ばなければいけないものですか?
遺言書に記載している場合もあれば、後から相続人で選任するケースもあるんだ。
今回の記事では遺言執行者の役割や、遺言執行者が必要なケースについて、詳しくみていこう。
自分が亡くなった後に、子供などの相続人が相続で争う事態になってしまうのを防ぐには「遺言書の作成」が効果的です。
しかし、遺言書は適切な様式と内容で作成し、かつ自分の死後確実に内容を実行できるような状態で残さなければ、かえって逆効果となることもあります。
遺言書の内容を実行に移してもらうためにとても大切な決めごととして「遺言執行者」があります。
遺言執行者を選任しておくことで「相続人全員の同意を必要とせず」「素早く」「確実に」遺言内容を実現させることが可能となります。
本記事では
- 「遺言執行者とはどんな役職でどのような場合に必要か」
- 「遺言執行者になる要件や選任方法」
- 「遺言執行者に指定された人の就任や辞任方法は」
などの点について解説します。
遺言執行者とは
遺言執行者とは「遺言書に記載された遺言内容を実現させるため、法的事務的な手続きの一切を行う権利と義務を持つ人」のことです。
遺言執行者は「遺言書」で指定するなどの方法で選任されますが、詳しくは下記に解説します。
(遺言執行者の権利義務)
民法第1012条
- 遺言執行者は、遺言の内容を実現するため、相続財産の管理その他遺言の執行に必要な一切の行為をする権利義務を有する。
- 遺言執行者がある場合には、遺贈の履行は、遺言執行者のみが行うことができる。
(以下省略)
(遺言の執行の妨害行為の禁止)
民法第1013条
- 遺言執行者がある場合には、相続人は、相続財産の処分その他遺言の執行を妨げるべき行為をすることができない。
- 前項の規定に違反してした行為は、無効とする。ただし、これをもって善意の第三者に対抗することができない。
- 前二項の規定は、相続人の債権者(相続債権者を含む。)が相続財産についてその権利を行使することを妨げない。
(遺言執行者の行為の効果)
民法第1015条
遺言執行者がその権限内において遺言執行者であることを示してした行為は、相続人に対して直接にその効力を生ずる。
上記条文のとおり、遺言執行者が存在する場合は、相続財産のうち遺言の対象となった財産については遺言執行者が管理、執行を行います。
旧民法では遺言執行者は「相続人の代理人」と規定されていましたがその部分は改正され、遺言執行者が「遺言執行者であること」を示して行った行為は相続人に直接帰属するとされました。
遺言がある場合の相続手続きの大まかな流れを図解すると、次のようになります。
遺言執行者の必要性
遺言執行者はその選任が必須というわけではありません。
遺言執行者が記載されていなくても法定相続人(民法で定められた範囲の相続人)によって相続手続きを行うことは可能です。
ただ、相続にまつわる手続きには法定相続人全員が関与しなければならないものが多く、遺言執行者がいない場合には利便性を欠くことがあります。
また、例えば遺言書の中で特定の相続人が多く相続するなど、一部の相続人から異議が出てくるリスクがある場合には、迅速な手続きのためにも遺言執行者の存在が重要になってきます。
具体的に遺言執行者が必要になるのはどのようなケースなのか、もう少し詳しく確認してみます。
遺言執行者が必要なケースとは
遺言執行者は全てのケースで必要というわけではありませんが、状況によって「必ず選任しなければ手続き自体ができない」「選任した方がスムーズに手続きできる」といったことがあります。
必ず必要なケース1・遺言により認知を行う場合
「認知」とは、婚姻外の男女の間に生まれた子供をその父または母が自分の子であると認めることであり、認知によりさまざまな法律上の親子関係、権利義務が発生します。
認知は親の「生前に行う場合」「死後に行う場合」がありますが、遺言による認知は、親が生前に何らかの事情で認知できなかった場合に遺言書にその子が自分の子供であることを記すことにより行います。
【遺言による認知】
戸籍法第64条
遺言による認知の場合には、遺言執行者は、その就職の日から10日以内に、認知に関する遺言の謄本を添付して、第60条又は第61条の規定に従って、その届出をしなければならない。
上記のように戸籍法で「届出を遺言執行者がしなければならない」旨が定められているため、遺言認知の場合は遺言執行者の選任が必須ということになります。
必ず必要なケース2・遺言により廃除を行う場合
「廃除」とは、特定の相続人による被相続人(亡くなった人)への虐待や侮辱など重大な非行があった場合に、被相続人の意思により非行を行った相続人の相続権を失わせることができる制度です。
ただし、廃除は「特定の相続人が相続人ではなくなる」という非常に重大な事項であるため、家庭裁判所への申立を行い、許可を得ることが必要です。
廃除についても認知と同様に「生前」と「死後」に行う方法があります。
死後に廃除の申立をする場合には「遺言執行者が被相続人に代わって」行うことになり、他の相続人から行うといった手続きは用意されていないため、遺言執行者の選任が必須ということになります。
選任した方がよいケース・相続人全員で手続きすることが困難な場合
遺言執行者が必須ではないものの、選任しておく方が望ましいケースもあります。
上記のように「相続手続きに協力しない相続人がいる場合」の他にも「相続の一部が遠方に住んでいるなど、相続人同士のスムーズな連絡が難しい場合」「一部の相続人が認知症になっている場合」などです。
被相続人による遺言執行者がなかったものの選任が必要であるケースは「利害関係人」から家庭裁判所に選任の請求をすることができる規定があります(下記に解説)。
遺言執行者の要件
遺言執行者は相続人の一人であっても選任でき、また第三者たる自然人、法人であっても差し支えありません。
ただ、民法上の欠格事由(就任できないと定められている事由)があり、「未成年者」「破産者」は遺言執行者になれないとされています(民法第1009条)。
実際には遺言執行者の業務を遂行するにあたって法的な知識が必要となる場面も多いため、ある程度まとまった財産がある人は弁護士、司法書士、税理士などの士業に依頼するケースも多く見受けられます。
こういった専門家に依頼する場合には報酬がかかってくるため、依頼する際に費用の確認をしておくことも大切です。
一般的には「遺産総額の〇%、最低金額として〇〇万円」などという定め方が多いのですが、各事務所によって報酬体系が異なることに注意が必要です。
また、信託銀行等の「相続手続きサポート」といったサービスもありますが、多くの場合は信託銀行への報酬と、具体的な手続きを信託銀行から受託する各士業への報酬を両方払わなければなりません。
よって、すでに信頼のおける顧問弁護士や税理士がいるような場合はそちらへ直接依頼した方が手続費用を抑えられる可能性が高くなります。
遺言執行者の選任方法
上記に触れましたが、遺言執行者の選任方法には
- 「遺言者が自ら遺言書の中で指定する方法」
- 「相続発生後に利害関係人から家庭裁判所に選任申立をする方法」
があります。
利害関係人の具体例としては、「相続人、遺言者の債権者、遺贈を受けた者」などが挙げられます。
遺言書の中で遺言執行者を指定する場合、下記を明記しておきましょう。
遺言者よりも遺言執行者が先に死亡してしまう事態を極力避けるためにも、できるだけ自分より年齢が若い人を選任しておく方が無難です。
- 遺言執行者の氏名、住所、生年月日
- 遺言執行者の権限の範囲(どの相続財産について権限を与えるのか)
- 必要に応じ第三者に遺言執行行為を行わせることを認める場合はその旨
なお、遺言執行者は任務開始後に相続人全員に遺言内容を通知しなければならないことが定められています。
(遺言執行者の任務の開始)
民法第1007条
- 遺言執行者が就職を承諾したときは、直ちにその任務を行わなければならない。
- 遺言執行者は、その任務を開始したときは、遅滞なく、遺言の内容を相続人に通知しなければならない。
本条の通知を行った後で相続人から異議があった場合でも、上記に引用した民法第1013条1項の規定があるため、遺言執行者は相続人に妨げられることなく手続きを遂行することが可能です。
万一、相続人が遺言執行を妨げる行為をした場合であっても、その行為は無効となります(ただし、善意の第三者には対抗できない)。
遺言執行者は辞退できるのか
遺言執行者の就任や辞任、解任についても民法に規定がありますので確認してみましょう。
遺言執行者は就任を拒否することも可能
もし自分が被相続人の遺言書の中で遺言執行者に指定されたとしても、就任を強制されるというわけではありません。
遺言執行者の任務というのは法律知識を要する内容も多く、法律専門家ではない一般の人が就任するとあまりにその負担が多いこともあるからです。
ただし、以下の条文があることに注意が必要です。
(遺言執行者に対する就職の催告)
民法第1008条
相続人その他の利害関係人は、遺言執行者に対し、相当の期間を定めて、その期間内に就職を承諾するかどうかを確答すべき旨の催告をすることができる。この場合において、遺言執行者が、その期間内に相続人に対して確答をしないときは、就職を承諾したものとみなす。
もし遺言書で指定された遺言執行者が長期間、就任するか否かを保留していたら相続手続きがなかなか進まず、相続人や債権者等は法的に不安定な状態に置かれることになります。
よって、遺言執行者に対し、相続人など一定の範囲の人は「就任するのかどうか」を回答するよう催告することができます。
就任可否の催告に対し期間内に返答しない場合は「就任した」とみなされてしまうため、就任の検討は早めにしておくことが大切です。
遺言執行者への就任を拒否する場合には、遺言執行者から相続人にその旨を通知します。
遺言執行者の辞任や解任には家裁の許可が必要
いったん遺言執行者に就任すると、遺言執行者の意思で辞任したり、利害関係人から遺言執行者を解任することも簡単ではなく、いずれも家裁の許可が必要です。
(遺言執行者の解任及び辞任)
民法第1019条
- 遺言執行者がその任務を怠ったときその他正当な事由があるときは、利害関係人は、その解任を家庭裁判所に請求することができる。
- 遺言執行者は、正当な事由があるときは、家庭裁判所の許可を得て、その任務を辞することができる。
第1項の「解任」では「任務を怠ったとき、その他正当な事由」とありますが、例えば
- 「財産目録作成を理由なく怠る、相続人の間での公平性を著しく欠く行為があるなど、誠実に任務を果たしていない」
- 「長期の病気療養が見込まれるため任務が停滞する」
- 「任務に支障をきたすような遠隔地に転居した」
などが正当な事由の例として挙げられます。
また、第2項の「遺言執行者自身による辞任」請求の場合も
- 「遺言執行者の任務を果たせなくなるような疾病」
- 「長期出張や遠方への転居」
などが主な理由となりますので、合理的な理由なく「職務を執行する意欲を失った」などの場合は認められません。
ただし、執行する職務の内容に比べて低廉な報酬しか受け取れず、しかも相続人間の紛争に巻き込まれるなどの背景事情がある場合には辞任を認められることがあります。
このように、解任も辞任も認められるか否かはケースバイケースとなるため、一見類似する事例でも可否が分かれることもあります。
選任は専門家がおすすめ
上記のように遺言執行者は一度就任してしまうと長期間任務に拘束されるおそれもあり、しかも法的知識がないとスムーズに進まないことが十分考えられます。
もし相続や関連法規についての知識がまったくない人が遺言執行者に就任すると、本人が混乱するばかりか他の相続人にも影響が及ぶ可能性が高くなります。
よって、最初から弁護士や司法書士といった法律専門家を選任しておくことが、相続全体を正確、迅速に進める上では非常に大切であるといえます。
まとめ
遺言書に遺言執行者が記載されていない場合には、遺言執行者の選任を検討してみよう。
- 遺言執行者とは遺言書に記載された内容の相続手続きを行う一切の権利、そして義務を持つ役職である。
- 遺言執行者は「遺言書の中で指定する」あるいは「相続人や利害関係人が相続開始後に家庭裁判所に選任請求する」ことで選任される。
- 遺言執行者の職務は法的知識を必要とすることも多く煩雑であるため、弁護士など法律専門家を指定することが望ましい。
西岡容子
青山学院大学卒。認定司法書士。
大学卒業後、受験予備校に就職するが、一生通用する国家資格を取得したいと考えるようになり退職。その後一般企業の派遣社員をしながら猛勉強し、司法書士試験に合格。
平成15年より神奈川県の大手司法書士法人に勤務し、広い分野で実務経験を積んだ後、熊本県へ移住し夫婦で司法書士法人西岡合同事務所を設立。
「悩める女性たちのお力になる」をモットーに、温かくもスピーディーな業務対応で、地域住民を中心に依頼者からの信頼を獲得している。
以後15年以上、司法書士として債務整理、相続、不動産を中心に多くの案件を手掛ける。
債務整理の森への寄稿に際しては、その豊富な経験と現場で得た最新の情報を元に、借金問題に悩むユーザーに向け、確かな記事を執筆中。
■略歴
昭和45年 神奈川県横浜市に生まれる
平成5年 青山学院大学卒業
平成14年 司法書士試験合格
平成15年 神奈川県の大手司法書士法人に勤務
平成18年 司法書士西岡合同事務所開設
■登録番号
司法書士登録番号 第470615号
簡易裁判所代理権認定番号 第529087
■所属司法書士会
熊本県司法書士会所属
■注力分野
債務整理
不動産登記
相続
■ご覧のみなさまへのメッセージ
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債務整理の森では、さまざまなポイントから借金問題の解決方法について詳しく、わかりやすく解説することに努めています。
借金問題を法律家に相談する時は、事前に債務者自身が債務整理についてある程度理解しておくことが大切です。
なぜなら大まかにでも知識があれば法律家の話がよく理解できますし、不明な点を手続き開始前に質問することもできます。
法律家に「言われるがまま」ではなく、自分の意思で、納得して手続きに入るためにも当サイトで正しい知識をつけていただけたら幸いです。
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